ピックアップテーマ
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知識を軸とした成長戦略 新たな成長を目指して
企業にとって最大の資産が「知識労働者(ナレッジワーカー)」だとドラッカーが喝破したのが1993年のことでした。以来、企業では個々の社員が業務で得たノウハウや経験則を、知識(ナレッジ)として社内でみなが共有するために、さまざまな努力を重ねてきました。知識が個別に存在するのではなく、知識と人々とがダイナミックにつながって攪拌され、創造力が喚起されるプロセスが重要です。このような知識創造こそ企業活動の本質であり、企業競争力の源泉でなければならないでしょう。知識の時代といわれる21世紀では、知識創造のサイクルを創り出すナレッジマネジメントの確立がますます不可欠となってきました。「知識創造企業」としての企業戦略の方向性と、ナレッジマネジメントの取り組み方を探ります。
- プロフィール
一條 和生
一橋大学大学院 社会学研究科教授日本ナレッジ・マネジメント学会専務理事。1958年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科、ミシガン大学経営大学院卒。経営学博士(ミシガン大学)。組織論(知識創造論)、リーダーシップ、企業変革論が専門。著書に「バリュー経営・知のマネジメント」(東洋経済新報社)「ITとリーダー革命」(PHP研究所)など。
変革の出発点は自社のコア・コンピタンス、すなわち知識を探ること

一橋大学大学院
社会学研究科教授
一條 和生様
日本企業を取り巻く変化は実にダイナミックかつスピーディーで、企業変革を不断のものとしています。企業はコア・コンピタンス(中核的な企業力)、つまりその「企業ならでは」の強みに焦点を定めて、今日の競争優位性を発揮すると共に、明日の競争優位性を築き上げる準備をしなければなりません。コア・コンピタンスを軸とした事業展開、成長戦略の構築、そしてそれに基づいた変革のスピーディーな実践こそ経営の本質です。
21世紀の知識情報社会においては、どれだけの知識を有し、活用しているかが企業の競争優位性を決定的に規定します。したがって、自社のコア・コンピタンスは何かと問うということは、自社に存在する知識とは何かを問うということでもあります。しかし「自社ならでは」の強みを探ることは容易ではありません。なぜならば、日本企業の強みには多分に暗黙性が強いからです。しかし日本企業は暗黙知を競争優位に変えるという困難な課題に取り組まない限り、新たな成長の道をたどることはできないでしょう。
1990年代に入り、野中郁次郎一橋大学大学院教授の一連黙知から始まると言われても、それを経営で実践するのは難しいものです。そもそも暗黙知は目に見えないから、暗黙知を生かせといわれても暗中模索となるかもしれません。しかし、日本には暗黙知の持つ力を文化的に理解できる基盤があります。

暗黙知とイノベーション
柔道には「型」があり、茶道、華道等には「作法」があります。それぞれに関する説明書はありますが、「型」や「作法」の習得は決してそれだけには頼ることはできません。道場や茶室等での師匠による身振り、手振りを交えた指導によって次第に伝授されていきます。長期間の試行錯誤を繰り返しながら、「型」や「作法」は次第に身につき、それが評価されると、たとえば柔道であれば段位が与えられます。しかしその段位も、あがればあがるほど、明確な判定基準が一言一句マニュアル化されて厳密に規定されているわけではなくて、師匠、達人たちが、「型」や「作法」、技芸、そして最後には本人の人間性までをも考慮しながら判断します。「型」にも段位にも暗黙知と形式知が渾然一体となって統合されており、その世界に深く入りこまなければ、つまり「場」に入りこまない限りなかなか理解することはできないわけです。部外者にとってはきわめて「神秘」的でさえありますし、理不尽に思える場合もあるかもしれません。しかしその神秘性こそ、個々人の国際試合における圧倒的な勝利の秘訣でありますし、人びとを感嘆させる芸術水準の高さなのです。そして各人の到達するレベル、段位には明確な終わりがありません。柔道、茶道では、名人、達人の域、つまりエクセレンシーを目指す永遠の旅が続けられていくのです。
文化に「型」、「作法」があるように企業独自の知識創造にふさわしい「型」があります。そして「型」を持つ企業は強い。その代表例がトヨタ自動車です。トヨタ自動車は製造される車の高品質性、高信頼性で世界的に高い評価を受けています。このような高品質な車を支えているのはトヨタ生産方式です。そしてトヨタ生産方式こそ、トヨタ自動車の知識創造の「型」を伝えるものであると考えられます。トヨタ生産方式には終わりがなく、イノベーションは一回きりのものではありません。トヨタ自動車は現状に満足せずに、常に改善を継続し、モノ作りの価値を目指しています。PDCA(Plan Do Check Analyze)のプロセスを継続的に回し、現場現物の精神で常にモノ作りの水準を向上させていく。そしてその「型」は職場での上司によるハンズ・オン的な指導によって伝えられていきます。職場での指導を通じて人材育成が図られていくわけです。「型」の習得には時間が必要ですから、長期的な人材育成が大切になります。トヨタ自動車が雇用維持を大切にするのも、トヨタの「型」を考えれば当然のことです。それを変化の時代に後ろ向きであると非難することはできません。それは「型」を知らない者が、柔道の選手育成に時間がかかることを非難するのが筋違いであるのと同じことです。
ところでトヨタ生産方式とは、トヨタ自動車全体の知識創造の「型」です。それは決して単なる生産技術ではありません。トヨタ自動車における価値観、トヨタ自動車における生き方、トヨタ自動車における生活すべての指導の手引きです。またトヨタ生産方式はサプライヤーに共有されることによって、まさにトヨタ自動車の周辺地域の社会システムともなっています。知識創造の場がトヨタ自動車を中心として、地域社会も巻き込む形で形成されているわけです。トヨタ自動車は今、よりグローバルな企業への成長を目指して変革を進めています。大事なことは「型」の維持を守ること、そして「型」の伝承には長い時間がかかることを覚悟して、忍耐力をもって「型」の伝承をグローバルに図ることです。そして「型」のグローバルな伝承は不可能ではないことも、われわれは柔道を通じて知っています。「型」はグローバルな広がりを持ちますし、そしてまた「型」は国際的な競争力の源泉です。そしてまた「型」を持つ企業にとって、知識創造の旅は永遠のものとなるのです。

知識を企業価値につなげる2つの成長戦略
コア・コンピタンスを通じた自社の知識創造力の強化こそ、21世紀における企業の重要な課題です。自社の競争優位の源泉である知識が確認されたならば、次には「有機的な成長」と「無機的な成長」の2つによって企業の成長を達成しなければなりません。前者は、現在あるビジネスを土台にした戦略です。コア・コンピタンスの発想に拠れば、それは既存事業の成長、あるいは既存の事業で培った知識を駆使して新規事業に乗り出すなど、組織内にあるリソースに基づく成長モデルです。それに対して、無からビジネスを創ってしまう、すなわちM&Aなどを駆使するモデルが無機的な成長モデルです。日本企業の従来の経営のOS(Operating System)は、有機的な成長を支えるには長けていたかもしれませんが、無機的な成長には不適でした。企業の成長にダイナミズムが足りない理由もここにありました。
成長モデルをまた別な視点から見ると、売上の増大にフォーカスする「トップライン・グロース」と、P/Lの下部に記されるネット・プロフィット重視の「ボトムライン・マネジメント」という二つの方策があります。最近の日本企業の変革は、ほとんどがボトムライン・マネジメントに焦点を定めています。売上の拡大よりもコスト削減に邁進しています。確かに、企業が危機的な状況にある場合には、出血を止めるために社内のリソースをボトムライン・マネジメントに集中させなければなりません。しかし、トップ・リーダーはボトムライン・マネジメントのゴールを設定し、そこを突破したら一気にトップライン・グロースに向かわなければなりません。トップライン・グロースに入ったら、有機的な成長と無機的な成長の両面から組織にダイナミズムを起こして、大きな成長へとつなげていくのです。
有機的な成長モデルでのトップライン・グロースには工夫が必要です。今日のように金融やIT、サービスが融合する時代にあっては、誰に対してどのような価値を提供する存在なのかという企業としてのアイデンティティを常に確認しながら、さらなる成長を目指さなければなりません。かつてマーケティングの大家セオドア・レビットは1960年に執筆した古典的名論文『マーケティング近視眼』で、企業衰退の原因は製品偏重主義にあると指摘しています。企業の使命は既存の製品を生産することではなく、価値を生みだす仕組みの創造にあります。このようなレビットの主張にもかかわらず、価値創造企業を表明しながらも製品偏重主義に陥っている日本企業は少なくありません。顧客に対する価値創造を志向するならば、環境の変化やテクノロジーの進化を受けて、提供商品を変えるのは当然です。
一方、無機的な成長戦略に関しては、これまで日本企業は不慣れであったが故にかなりの工夫が必要です。第一に、トップのリーダーは、特定のドメイン(専門領域)に精通しつつも、同時に最先端の経営知識を駆使することのできるビジネス・エキスパートであることが望ましいわけです。しかし、一般的に日本企業のリーダーの多くはドメイン・エキスパートで、ビジネス・エキスパートではありません。ドメイン・エキスパートには、企業の成長には無機的な成長の道があることを心底理解することは難しい場合もあります。経営のOSを組替える際も例外ではありません。ドメインの知識にとらわれて、OS組み替えのタイミングを逸したりしてしまったら大変です。したがって、社内ではビジネス・リーダーの育成に努めると共に、社外の人材との積極的な交流を持って、ビジネスに関する知識を補うことが必要です。組織改革を志す人間を外部の人間がサポートしたり、マネジメント・チームの健全性を担保するために有益なアドバイスを提供したりするという構図です。このように組織の内外に経営のプロが存在すれば、変革成功の確率は高まるでしょう。しかし変革に何よりも不可欠なのはリーダーシップと経営に関するOSの組替えです。
「目利きある」リーダーと新しいOSの確立
未来を100%読みきることが難しい時代には、不確実な部分を残しながらも決断できる能力がリーダーには不可欠です。また、大前研一氏も語っているように、今は見えない人には何も見えないが、見えている人にはしっかりと見えている時代です。目利きのある人間が、リーダーにはふさわしいわけです。目利きを発揮するためには、常に最先端の情報を頭に入れておくことが必要で、社内外のネットワーク構築力、さらには決断能力も問われます。世界ナンバーワン企業であるゼネラル・エレクトリック(GE)社のジャック・ウェルチ会長兼CEOは、リーダーに求められる重要な資質としてEdge、つまり大胆な意思決定能力をあげています。実は日本のリーダーに不足しがちなのは、このEdgeではないでしょうか。なかなか決められないことを決めるのがリーダーであることを忘れてはいけません。
また目利きあるリーダーが大胆な意思決定を行えるように、経営のOSも変えなければなりません。官僚的と呼ばれる組織では、責任の所在を覆い隠す仕組みと決断するリーダーを育てないことを、共同体維持の生命線としてきました。しかし私たちは、集団的な無責任体制ゆえに起こった組織の悲劇を見てきたのではないでしょうか。多くの日本企業で機能しているOSは、依然としてドメスティックかつ閉鎖的で、社内でしか通用しないメインフレーム時代の遺物と言っても過言ではありません。インターネット・パラダイムに生きる今日、社内外の情報知識が自由に行き交うような、グローバルでオープンなOSに組替えなくてはなりません。日本企業でも1990年代半ばにOS変革に着手したリーダーが現れた企業は「失われた10年」に陥ることなく、現在では市場からの高い評価を獲得しています。また遅れて再生を掲げ、次々と公約を達成している企業も、成功の要因はOSを変革し、意思決定のプロセスを変えた点に認められています。

未来を目指して
日本の企業が新たな成長を果たすために経営者は何をすべきなのか。すべては、リーダー自らが大きな志をもち、その達成に向けて組織を動かすことから始まります。目標を背伸びして設定(ストレッチ)すればするほど、企業がイノベーションを起こす可能性が大きくなります。現場からはそのような目標の達成は無理難題だと反発が返ってくるでしょう。しかし、ではなぜ無理なのか、それは現状の延長線上に考えているからではないのか、といったディスカッションを重ね、リーダーが先頭を走りながら既存の仕組みを打破するイノベーションを促すのです。背伸びをしたビジョンの達成に向けて人々を動かしていくためにも、トップ・リーダーはメンバーに組織が向かうべき明確な方向性と、そのように動き出さなければならない理由を考えさせると共に、ビジョンを実現するために解決しなければならない問題とその解決策を発見させなければなりません。
さらにまた、会社の抱えている問題を、構造的な問題、業務推進上の問題、さらに属人的な問題に分け、アカウンタビリティー(説明責任)のある者に各問題解決のイニシアチブ(問題の明確化と解決策の発見、そしてその実行にあたっての主導権)を持たせることが大切です。説明できる人に問題の解決を任せれば、各自はコミットするでしょうし、解決の可能性は高まります。構造的な問題の担当者はまさにトップ・マネジメント、業務問題は業務担当者、そして属人的な問題は本人です。役割分担を明確にして、組織の総力を結集してビジョンの達成を確実に図ることことが、リーダーの役割ではないでしょうか。
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